±8788(プラマイはちななはちはち)

ネパール在住のワタクシが、ほぼ7年ぶりに更新を始めます・・・。

2015 ネパール大地震 その17

(つづき)

いまや、午後も遅い時間に入り、夕刻が近づいてきた。あらかたの情報共有、情報収集もネタが出尽し、怪しい雲行きの空から、雨が降り出さないうちに・・・と、誰からともなく、お迎えの保護者たちが、子供の手を引き、帰宅の途につき始める。

一家族去り、二家族去り、少しづつ減っていく子供の数を見ながら、残っている子供達の心境が思いやられる。まったく連絡が取れない、というケースはなかったものの、いつ、どなたが、どのようにお迎えにいらっしゃるか、が、明確でないご家庭も、いくつか残っていたのである。

さて、どうしたものか・・・、と、A先生や校長、顔をつきあわせて相談を始めた。なんのことはない、ワタクシを含めたこの数人は、単身独身でネパール滞在しており、この状況下、特に気にする身内もいないため、最後まで残ることが可能な立場だったのである。

と、そこへ、在留邦人の安否確認に走っていた委員長が、いつもの声で、

「すみませ〜〜〜ん、遅くなりましたあ〜〜〜」

と挨拶しつつ、車から降り立った。




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2015 ネパール大地震 その16

(つづき)

発災後、次々と出てくる課題に、教員のみなさんや、たまたま学校に居られた保護者の方々と、必死になって対応してきたこの時間、極めて長い時間かかりっきりになっていたつもりだったが、実際にはこの現況連絡メールまでに経過しているのは、たったの2時間。

もう、涙が出そうなくらい、長くてつらくてシンドイ2時間だった。

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2015 ネパール大地震 その15

お詫び 表示される記事の設定を間違えていました。「文字が見られない!?」と思われた方、失礼致しました。見られない、のではなくて、アナタが見ていたのは、何も書いてない記事、です。ゴメンナサイ。


(つづき)

さあ、前代未聞の「その15」、まだまだ続くぞ、ハチナナハチハチ!

といっても、もうここまで来たら、やってることは、余震対策と保護者への連絡と情報収集を続けつつ、子供達を元気づけ、お迎えの親御さんにひたすら児童生徒を引き渡す、それだけである。

見ていると、やはり、こういうときにヒトの性格というのは如実に出るもので、中空の一点を見つめて思い詰めたような顔をしている児童生徒を迎えに来る保護者の方は、子供さんを見つけるなり泣き出さんばかりの顔になり、何十年ぶりの再会?、と、思わずツッコミたくなるほどに、お互いに弾かれたようにダッシュして駆け寄り、ヒシ!、と(ワタクシャ、聞きましたよ、確かに。その、ヒシ!って音を、ええ、ええ)抱き合い、

「怖かった?ゴメンね、遅くなって・・・※△◎▲が、◇@〇✕※?@・・・」(<わからん・・・)
「へーき・・・。▲〇※?◎✕◇・・・(ナミダゴエ)」(<へーきじゃ、ないやん・・・)

のような、見ていて胸に、ぐっ、と来てしまう、ああ、ホントに無事でよかった、と思える対面が続く。

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2015 ネパール大地震 その14

(つづき)

補習校のマニュアルでは、保護者のお迎えが来ない(来られない)場合の対応を、大きく二つ、定めてある。

殆どの保護者が外出するのが困難なほど、倒壊状況がヒドい場合と、それほどの被害状況ではない中で、お迎えに来るのが困難な事情のある保護者がいる場合との、二つである。

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2015 ネパール大地震 その13

(つづき)

生徒の安全は確保し、お弁当を食べ、水を飲み、今や、保護者のお迎えを待つばかりになった。

大人の安否確認も、とりあえず大使館への情報送りは終わった。備蓄の水や軽食を庭に出し、足りないものはその場にいた男たちが買いに走ってくれた。

保護者への連絡は、相変わらずつながりの悪い携帯電話で、手分けをして皆さんが進めてくださっている。

ここへ来てワタクシも、ようやく、自分のことを済ませなければ、という気になった。続きを読む

2015 ネパール大地震 その12

(つづき)

それにしても・・・と、少し落ち着いたアタマで考える。よく校舎が倒壊しないで保ってくれたものだ。

この校舎は、以前の校舎から引っ越しを余儀なくされた際に、日本人会その他関係者に広く呼びかけ、広くて、頑丈で、でも安くて、使いやすくて・・・と、無い物ねだりの依頼をして大ブーイングを浴びる中、どれも良いのがないので、この際安いところで、と、決めかかった、最後の最後のタイミングで、卒業生保護者から紹介があった物件だ。

部屋の数、鉄筋コンクリートを使った構造、車を止められるスペース、簡単な運動ができるスペース、その他、申し分のない物件として、入居を決めたのを思い出す。続きを読む

2015 ネパール大地震 その11

(つづき)

ひとまず安全は確保した。児童生徒の安否確認と、大使館への第一報は終わった。早退者の件は気になるけれども、見たところ、不明者、疾病者は居ないようだ。校外にいらっしゃった、比較的家の近い保護者や、校長先生が、学校に駆けつけてきてくれた。

大きくひと息ついて、何をしようか考えていたところに、委員長からの無線連絡が入った。

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2015 ネパール大地震 その10

(つづき)

3時間目が始まった11時05分の時点で、本人が、「今日は早退します」と言ってきた。この日の単元は、ひとりひとりが相手を選んでインタビューを行い、また自身もインタビューを受けて、結果をスピーチする、というものだった。途中で一人居なくなるのは、ちょっと都合が悪いな、と思ったが、平日の学校の行事準備で、カリキュラムの一環だ、というのでは仕方がなかった。

この生徒が教室を出たのが、11時30分ころ。

平日通っている学校まで、すぐにタクシーに乗って飛ばしても、30分から40分くらい、かかるのだ。この時、ハッキリとした地震発生の時間は覚えていなかったが、11時50分を回ってすこしの頃だ、というのは、記憶にある。

ヤバい・・・。

移動途中で地震が発生し、なんらかの事故に巻き込まれている可能性が、否定できない。続きを読む
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