(つづき)

学校でフェイスブックの情報を見ている時点では、ニューロードが潰滅しているのではないか、いや、少なくともインドラチョウク、アサンチョウク、タメルの古い建物は、前評判通り全壊して、我々の知るあのエリアは凄惨な状況になっているのではないか、と想像していたのであるが、ニューロードメイン通りの左右の建物にはほとんど被害が見られず、むしろいつもの通りに建っていて、ちょっとお茶でも飲んでいくか、と思わせるような雰囲気であった。

もちろんお店は全部閉まっているから、そういうわけにはいかないのだけれど、それぐらい、目立った被害もなく、足を踏み込むのもはばかられる、といった雰囲気では、なかったのである。

我々の行く手には、バサンタプールの、あの、広場の中空と、手前の銅像が見える。
が、さっき見たような、ビムセンタワー前の人だかりと混乱は、どうやら見受けられないようであった。

しばらく目を凝らしながら歩を進めると、見えていた通り、バサンタプール入り口はそれほどの混乱もなく、むしろダサインの買い物期間中やお祭りの時期に比べて閑散としており、人々も普通に通行しているようであった。王のクマリ館が、普通に建っているのが見える。

あれ?ハナシとちがう・・・

と思いながら、瞬時に、チョンガーズの面々とアイコンタクトを飛ばし、料金徴収所のウラからバサンタプールへ入ろうとしたところで、警官に止められた。我々としては王のクマリ館、カスタマンダップ等を確認してからハヌマンドゥカを通り、カーラバイラブを拝み、インドラチョウク、アサンを確認しつつ、目的のタヒティチョウクを目指そうとしていたのであるが、バサンタプールの通り抜けは禁止だ、という。

いつもであれば、その先が我が家だ、とか、こっちに用事があるんだ、などと理屈をこねて入り込むところであるが、フェイスブック情報によればカスタマンダップが倒壊しているというし、救助救援が必死に行われているとのことでもあったので、スクラパス(ショッピングセンター前の通り)経由でまっすぐインドラチョウクに抜けていくことにした。

ワタクシのパートナーの事務所がスクラパスにあり(本人自宅はパタン、クマリパティだが)、どうしているか心配していたが、ここで彼にバッタリ会うことができた。商売上の資産の大半はこの事務所界隈にあるので、心配で車を飛ばして見に来た、という。発災時の様子や、世話になっている彼の家族、親戚が無事であること等を話し、近いうちに仕事の再開について打合せをする約束をして、別れた。これほど大きな地震も、その後の余震も、まったく経験のない彼は、笑顔を作って話してはいたが、目は怯え、時々中空をなんの意図もなく見つめて黙ったりして、どれだけ怖い思いをしたかが、ひしひしと伝わってきた。

なんとか力になりたい、と、強く思うが、仕事や建物の相談にのることは出来ても、心のケアは難しい。こちらにいくらその気があっても、彼や彼の家族が必要とするケアがワタクシのそれでなければ、意味はない(小さい)。

必ず商売で盛り上げようぜ!と(カラ元気で)鼓舞しておいたが、あの話しぶりや顔つきが気になる。


ともあれ、目的のタヒティのお店に向けて行進を再開する。アカシュバイラブはほとんど被害が出ておらず、その先、インドラチョウクからタヒティに抜ける道も、見事なほどに無傷である(実際には傾きやヒビ等があったが、極めて軽微で、かつ、地震で出来たのかそれ以前からあったのか、見分けもつかなかない程度であった)。タヒティチョウク手前で道路の上に土が盛られており、ああ・・・やっぱり倒壊家屋が・・・と思ったら、地震前から地下工事をやってたとのことで、被害の少なさに拍子抜けする思いだった。

タヒティチョウクの寺院も、少し損壊していたが、周りの人々は普通にお参りをしている。

くだんのお店に到着し、框をあがって店内に入ると、いつもの笑顔といつもの声、いつもの音楽で出迎えてくれた。様子を見たら失礼しようと思っていたのだが(そう、ワタクシはまだ、自宅がどういう状況かを、見ていない)、あまりにもいつも通りに営業しているので、思わず、ビールを注文し、一気に飲み干した。

いつもなら、ウマいとか、冷たさがタマラン、とか感じるところなのだが、立て続けにグラスを干し、二本目を注文し、それも半分になるまで、一気にビールを流し込んだ。空きっ腹にかなり長時間歩いてのビールなので、もっと回っても良さそうなものだが、酔ったカンジはするものの、意識はいつも通り・・・いや、いつもより冴えているような感覚すら、ある。

あ、なるほど、そうか・・・。

と合点した。

特殊な状況におかれて必死になっていたから意識してなかったのだが、ワタクシは、極度に緊張していたのである。この店に到着して、いつもの顔にねぎらわれ、冷たいビールを立て続けに呑んで、やっと少し、緊張が解放されたに違いない。それに気付いて、気付いた自分に安堵し、また緊張がほぐれた気がした。

この夕方のビールは、呑んでも呑んでも、酔うことがなかった。


(つづく)