(つづき)

学校を出てからここまで、倒壊していたものといえば橋の脇の寺院、トリプレシュウォールの掛け屋根程度で、後は建物に入ったクラックぐらいであったから、電線を絡め取るように地面に倒れ込んだ電柱が、ようやく、自分に身近な、災害による損害として目に入ってきた。

とはいっても、周りの建物や路面等になんの被害も見受けられないものだから、写メを撮ってみても、ただの倒れこんだ電柱でしかなく、これでは台風なのか自壊なのか交通事故なのかすら、見分けがつかない。酔ったアタマで、ぼんやりと復旧作業を見つつ、

「オレ、いま、なにしてんねやろ・・・」

という思いが沸き上がってきた。
被害の全体像は分かっていないが、フェイスブック情報や周りの情報、出会った日本人、ネパール人の情報を総合してみると、かなり大きな被害が発生しているようで、これは「2015年ネパール大地震」と呼ぶべきレベルのもので、ある、らしい。人通りの少なさや、路上に出たまま家屋・建物の中に入ろうとしない人々を見るにつけ、我々に十分な情報が入ってないだけで、とんでもない被害があちらこちらで出てくることが想像できた。

しかるにワタクシは、自分にとっては大仕事といえる立ち回りがあったとはいえ、無事だったエリアだけを見て安心し、あまつさえ、ビール大瓶を次々に平らげ、倒れた電柱を見つけて写メを撮っているのである。

今、ワタクシがやらなければならないことは、これなのか?

そう思うと、急に酔いが覚め、まずは自宅を確認した上で、情報収集を行い、次に必要な対応を決めなければならないのではないか、という想いが浮かび始めた。


このまま北方向へ歩いて帰るというA先生と一緒に、南方向へ歩き始めた校長に挨拶を済ませて歩き出した。ほどなく、A先生も自宅方面の分岐へと入って行かれ、一人でラインチョール、ラジンパット、と歩くごとに、急に酔いが回ってきた。ヒトと一緒に居たことでも、緊張感が保たれていたのかもしれない。

路上に出たまま家に入らず、不安げに語り合っている数多くのネパールの方々の間を行く、ビールくさい日本人、ワタクシ。通りながら建物をチェックしてみたが、最近建てられた高層建築には多少のヒビが見られるものの、前から建っていた低層・中層の建物には、ほとんど被害がないように見える。今日一日の緊張感と、身体の芯にまだ宿ったままの恐怖感、さきほどから感じられる得も言われぬ焦燥感を心のどこかで感じつつ、その想いをいやまし、地固めするかのような路上の人々の群れとは、まったく裏腹の、いつも通りの建物の中を歩きながら、なにか得体のしれない疎外感に包まれるのを感じた。今日、この日、ここに居るワタクシは、なんなのか。なんの被害も出てない建物の間を、奇妙な感覚を持って歩き続けるワタクシの方が、カトマンズにとっての異物ではないのか。そのうち、ワタクシはネパールによって排泄されるのかもしれない・・・。


いつもの通りをいつものように進み、いつもの角を曲がる。

光景が変わる度に、もしかすると眼前に出てくるかもしれない凄惨な町並みを思って、無意識に心の準備をしているらしく、いつも通りの光景が目の前に現れると、ただの安堵感を通り越した、奇妙な不安感を覚える。倒壊や損壊の写真を見過ぎたせいで、倒壊していない映像の方が、むしろ間違っているかのような感覚だ。

次を曲がると、いや、きっと次の角の先が・・・と、くり返して進むうちに、壊れている方が普通だと思い始めている自分に気付いて戦慄する。なにが普通で、なにが非常か、もはや混乱の極みである。

ヤバい、だいぶ酔いがまわってきたな・・・と思いつつ、最後の角を曲がったところで、これまた外見上、なんの被害も出てなさそうな我が家に、到着した。気負いとは裏腹に、実にあっさりした道程であった。

いつも通りに駆け寄ってくる飼い犬を軽くいなして、ポケットからカギ束を取り出す。毎日毎日、何百回とくり返してきたこの行為、今朝カギを閉めて出るときに、こんな状況で帰宅することなど、みじんも想像してなかった。こと、この期に及んでも、まだ、本当に地震が起きたことが(それも土曜日に学校で起きたということが)、まったく信じられない思いだった。

カギは、いつも通りにすんなりと回り、ドアが、すうっっっ、と内側に開く。おそるおそる中へ入る。

何も起きてないのがおかしなことで、何かが起きていることが正しいかのように思える、酔っ払いのワタクシ、これまで自宅のことを考えまい、考えまい、としてきたのだ、という自分の気持ちに気付いて、狼狽する。この、疲れきった心身と、酔ったアタマで、これから片付けや寝床探しなど、まっぴらゴメンだ。だが、この状況に自分を追い込んだのは、ワタクシ自身だ・・・。

渦巻く考えを整理できないまま、とにかく屋内に入り、物の多い部屋から順番に、しかし素早く、見て回る。

床に散らかった書類と本類、キッチン床には無数のビール瓶。食べかけで残したままの朝のラーメン、昨夜呑みきれなかったウィスキーのグラス・・・。居間には今朝脱いだ寝間着用のTシャツと短パンが散乱し、慌てて履き替えた靴下が洗濯カゴの外に鎮座している。全体に、とにかく、モノが散乱している状態である。

よかった・・・いつも通りだ・・・。

ホッとして、安堵の胸をなで下ろすワタクシであった。


(つづく)










片付けなさいよ・・・(怒)