(つづき)

くだんの「こてつ」さんの前に到着すると、Kくんとネパール人シェフが、二人で所在なげに立っていた。お店のカギがまだ、開いてないとのことだ。

発災後、彼と顔を合わせるのはこれが初めてである。

動揺しててもしてなくても、あまり表情が変わらない彼(笑)、とりあえず、「ダイジョブだったのね?よかったね」と声をかけ、「ワタクシさんはどこに居たんですか?」の問いに、「2015 ネパール大地震 その1〜24」を、かいつまんで説明する(長っっ!)。

発災時の土曜日昼間は、こてつさんは、お休みであった(土曜昼休、日曜全休)。したがって幸いなことに、お客さんが入った状態での対応は、せずに済んだらしい。が、その後当然、お店の被害状況の点検や片付け、スタッフの被災状況の確認と当面の指示出し、関係方面との連絡や相談、等々を行いつつ、一日目は暮れたらしい。

二日目のこの日は、帰国中だったオーナーと連絡をとり、対応を協議していたところへ大使館ご担当から炊き出しの依頼があり、とりあえず店に来て、なにがどれだけできるのか、できないのか、見てみよう、ということになった、とのことであった。バイクにまたがって、臨戦態勢のネパール人シェフに向かって、

「キミんとこは大丈夫だったの??ここに居て、ダイジョブ??」

と訊いてみると、やはり自宅は被災したらしく、ぜんぜんダイジョブではないようである。小さな子供や年老いた父母も居たハズだが、お世話になっているお店と大使館からの依頼、ということで、お店に駆けつけてくれたとのことだった。この時点で、仕事をしようとしていたネパール人はほとんど居なかった(仕方がないことだ、彼らも被災者なのだから)中で、当然のように出てきている彼に、そっと、感動する(なんでやねん、思いっきり感動したれや、ワタクシさんっっ!)。

学校関係者以外と被災時のハナシをしたのはこれが初めてだったので、いろいろ情報がわかったのは良かったのだが、それにしても一向にカギが開く気配が、ない。ネパール人シェフがあちこちに、何度も電話をかけているが、ずっとなにやら思案顔で、「もうすぐ開きます」という空気にならない。助っ人女子も到着し、カギさえ開けば、できるだけのことは、やろう!という雰囲気になっているのだが、店内にアクセスできないのではハナシにならない。

しばらく情報を収集してみて、やっとわかったのは、

・宿直のガードマンが、カギを持っている。
・そのガードマンは、昨日の被災後、いつも通り、お店のビルの中で宿直していた、はず、であった。
・ところが、どうやら、そのガードマンが、居なくなっているらしい。
・家の電話も携帯電話も、応答が、ない。

ということであった。


「ネパール人はみんな、昨日から外で寝てますから、このビルの中で寝るのがイヤだったんだと思います!」

と、いつもの勢い込んだ調子でネパール人シェフが分析する。


ああ・・・そうだった・・・。

M7.8の本震のあとも、かなりの頻度で余震が発生し、中には、思わずしゃがみ込んで周りの様子を伺ってしまうほどの強いものもあった中、ネパール人というネパール人が、自宅の外に寝具を持ち出し、あるものはそのまま青天井で、あるものは自宅にたまたまあったシートを屋根代わりに、またあるものは友人知人のパーティー屋に結婚式なんかで使う布製ハコ型テントを持ってこさせて、まあ、とにかく共通していたのは、

「屋外で寝ていた」

ということであった。


ワタクシなぞは、学校で被災した直後にはすでに皆さんと口々に校庭で、

「震度、5ぐらいですかね?」
「いや、1階は普通に歩けましたから、4ぐらいだと思いますけどね」
「あ、ワタクシが居た3階は歩けなかったので、建物の上と下で違うのかも。上は、やっぱ、5くらいあったと思いますね」

などと、コーフン気味ながらも分析してたし、自宅に戻った後、ざざっ、と見たところ、柱や梁、土間等のいわゆる建物フレーム、躯体にはまったく損傷がなく、カベにもクラック一つ入ってないのを確認していたので、ま、震度4〜5程度で、自宅がこの状態ならダイジョーブだろう、と、そのまま寝室で寝てしまったのであるが(しかも電気つけっぱで!くっっっ・・・)、これがネパリには信じられない行動だったようである。

チョンガー一人暮らしのワタクシだから、勝手に中で寝てても誰も何も言わないが、後からジャパニの友人知人に聞いた話だと、自分自身は(家の中で寝ても)大丈夫だ、と思っていても、こちらの友人知人家族一同から泣かんばかりにして哀願され、子供にも不安な目で見つめられたりした日にゃあ、アナタ、一人だけ中で寝るなんて、できないのヨ、ワタクシさんっっ!と話してくださった方、多数。ヒトとヒトとの間のハードルが極めて低いネパール、もし一人だけ中で寝させて、万一、何かあったら・・・と考えると、世の中が終わり、自分が死んだような気になるらしかった。


恐らくこてつさんの宿直ガードマンも、昨日、帰って行くみんなを見送って、さあ、寝るか、と、そこまでは良かったのだろうが、周りのネパール人がぞろぞろ外に出て寝始める中、これはヤバい、と、外に出たに違いない。そこで周りの方々と話すウチに、やれビムセンタワーが倒れた、だの、高層マンションがクラックだらけになって住めなくなってる、だの、

「お前んとこのビルだって、ヤバいんじゃねーの??」

かなんか言われちゃって、恐ろしくなって逃げ出した、と、まあ、そんなところだ。


と、そこへ依頼主の大使館ご担当が館から徒歩でお出でになり、

「どうかな?頼めますかね??他に、お願い出来るところがないもんだから。申し訳ない」

と、改めてのご依頼である。大使館ホールには、すでに40名近くの短期旅行者が一時避難中だそうだ。

「ガードマンがカギ持って雲隠れ中みたいなんですよ、他に頼めるところ、ないんですか?」

とワタクシが助け船(?)を出してみると、

「いやあ〜〜・・・基本的に皆さん、被災しておられるので、今、何かやってくれ、というのをこちらが頼む訳には、いかないと思うんですよ。ここ(こてつ)なら、気心も知れてるし、近いから、運搬等のお手伝いもしやすいと思ったので・・・。なにか、簡単なもので良いので、頼めないかな??」

との回答であった。


逃げ場のなくなったKくん、さて、どう答える??と思って見あげると、

「店がこんな感じなんで、いつもの調子でいつものメニューってわけにはいきませんけど、家にあるものだけでやる、ということで良ければ、おにぎり、それから焼そば。それくらいなら、なんとか出せると思います」

と言い切った。

とっさに、おいおい、そんなこと言っても、何十人からいらっしゃる避難者相手に給食、となると、まず、おハシやらお皿やらが人数分要るし、調理器具だって取り分ける道具だって、家庭用の4〜5名用のものじゃあ、ぜんっっぜん足らんだろうがよ、お店が開かなくて、やれんのかよ、てゆーか、ガス、水とかの基本的なものも、自宅にゃ、それほど十分にはないでしょうよ、屋外でいきなり調理なんて、やったことあんのかよ、てかその前に、そんだけのコメやら肉野菜やら、材料はどーすんのよ、お店、全然開いてないよっっ???・・・と、わずか0.5秒くらいの間に、「やれない理由」が山ほど思い浮かぶ。

が、すでに「やる」方向の顔つきのKくんを見てると、口に出すのすら、憚られた。

現時点でのこてつの責任者が「やる」というのであれば、納品業者としてのワタクシにやれることは、邪魔にならない程度にお手伝いすることだけである。

「オレのやれること、ある??」

と問いかけるワタクシに、Kくんが、にこっと笑い返した。


(つづく)