(つづき)

大使館ホールの避難者への食事提供を「やる」と、なれば、まずは段取りを考えなければならない。

が、Kくんはカギ待ちの間にアタマの中で、ある程度準備していたらしく、

「ワタクシさん、焼きそばソース、お願い出来ますか。手元にある在庫は、全部、店の中なので。あとワリバシと、できれば使い捨てのお皿。なければいつも買い付けしてる店を開けてもらって買いますが、もし、あれば。それから・・・」

と、指示を出していく。ネパール人シェフも、あちらこちらのイベントで出店に慣れているので、

「とりあえず知ってる八百屋を回ってみますが、キャベツ、ニンジン、タマネギ、そのほか、要るもの、ありましたっけ??」

と、素早く、買い出しリストをアタマの中でそろえていた。自宅家族が気になるだろうに、気丈なことである。






























さて、そう、と、決まれば、ワタクシはワタクシの分担をやるだけだ。

情報収集や、理事とのすりあわせも、やらなければならないことには違いないが、本業でのお得意先が緊急給食を(しかもかなり追い込まれた状況で)やる、というのを看過したのでは、寝覚めがわるい。こういうときは、意外と人海戦術が奏功するもので、方針決めと仕切りがしっかりしていれば、あとは人手が多ければ多いほど、上手く行くものだ。

パニポカリから自宅までは下り坂、しかもこの日は殆ど車が走ってないので、道路占有状態で駆け下り、息も上がらずに自宅キッチンに到着した。頼まれたものを探し、ないものは買い出しメモに書き付ける。焼きそば、ということなら、青のりやらかつおぶしやら、好き嫌いはあろうが、紅ショウガ等もあると良いだろう。おにぎりも、塩と海苔だけでは物足りないだろうと、なにかないか、と探すが、今朝自分用のおにぎりに使った昆布は、賞味期限が1ヶ月前に切れていた。お金を頂いての提供だから、それはサスガにマズイだろう、と、ふりかけ等の安心安全なものを中心にザックに詰めこむ。

お皿やお箸はぜんぜん足りないので買うしかないが、こういう時に頼りになるのがラジンパット通りのBMMである。ここのオヤジさんは、もともと肉屋さんなのであるが、とにかく商売熱心、朝は8時ころから、夜は10時前まで店を開け、土曜も日曜も関係なし、ダサインだろうがティハールが来ようが、ラクシュミプジャやバイティカなどの重要行事の時間だけ、ちょっっ・・・、とシャッターを下ろしてちょいの間で行事を済ませ、すぐにまた店を開ける、という尊敬すべきビジネスマン、いや、商売人というか商人(あきんど)というか、「大阪商人」「近江商人」と同様、商い人生を地で行くたぐいのおっちゃんである。まあ、こういうお店はカトマンズのあちらこちらにあって、みなさん重宝しておられるが、これがために我々は、「無期限ゼネスト!」などと聞いても、

「あ、じゃあ、ヨーグルトとネギ(つまり生鮮食品)だけは、買っとかなきゃね。あとはBMM行きゃ、いいわいね」

などと、なめきった態度でカトマン生活をまっとうできるというものである。バンダでやることないのでどっかの家に集まって昼から呑み会、つまみが切れたらBMM、などという、マオちゃんが聞いたらトリプルルッツで後ろ回し蹴りされそうな(スケートね、そっちは。毛沢東、滑らないから。ナイツ風)アレンジも、可能にしてくれるのがBMMだ。

自宅にないものをいつまでも探していても仕方が無い、急がなくてはならない。

あったものを袋とバッグに詰め、背中に担いだりハンドルの左右に下げたりしながら、よたよたと、BMM目指してMTBを走らせた。


(つづく)


アブナイよ・・・ワタクシさん・・・。ケガしないでね・・・。