(つづき)

ラジンパット通りまで出る間の光景は、前日と同様、八百屋が普通に店を開け、露天の野菜も昨日と同じく、青々とコンクリの床に横たわり、とにかく早く元に戻りたい、という、皆さんの心の悲鳴が聞こえるようであった。

BMMのおっちゃんも店を開けて、店の前の階段に座り込んで、近所の人と新聞を読みながら声高にハナシをしている。ジョティシのご宣託は、今のところ出てないらしいが、なんとまあ、不撓不屈の人々であることよ。

それでもやはり、走行している車両は極めて少なく、青プレート(外交団)、白地に赤のプレート(政府関係車両)、の他は、救急車と、時折人を満載にしたタクシーを見るのみ、である。

大使館方面への坂をえっちらおっちら漕ぎ上がり、避難所と化しているホールへの扉を開けてもらって中へ入ると、時間をもてあました様子の皆さんが、軽く会釈で迎えてくれる。昨日、こてつさんのスタッフのような顔をして立ち働いていたので、今日も炊き出しありますか?と聞いてくる方もいらっしゃる。Kくんに電話をしてみると、作った物を持って行って販売するか、昨日と同様、持ち込んで作るか、検討中だが、少なくとも今日まではやる予定だ、とのことなので、そのようにお伝えし、自分の作業に入った。

発災後、なにかある度に情報を送り続けてくれる関係者に電話を入れ、新情報、最新の状況等を入手する。館内にいらっしゃるご担当にすがりつき、何か情報は!?とお伺いする。まとめたものをメールに記載し、4号として発信する頃には、すでにお昼を過ぎていた。

長丁場の走行予定からすると、まだラジンパット近辺に居る、というのは、行程からして遅すぎだ。挨拶もそこそこに、慌てて大使館を飛び出した。


昨日は足を伸ばさなかった、マハラジュガンジのティーチング病院まで行ってみる。サスガに普段から緊急救急に慣れている組織だけあって、相当数の患者さんが来訪しているであろうに、浮き足だった様子は、あまり、しなかった。駐車場にはユニセフを始め、各国援助機関の緊急テントが建ち並び、それぞれが乳幼児用であったり、外傷・外科であったり、と、役割分担を決めて、運用を開始していた。

ふ、と、駐車場の一画に、手書きの紙がたくさん貼ってある掲示板があるのが目に留まった。

近寄って見てみると、疾病者の名前と、おそらく同行してきた人の名前、携帯番号が記載してある。ナルホド、ワタクシも何度か来たことがあるが、ティーチング病院というのはかなり広く大きく、「誰それが入院した!」と聞いて駆けつけても、病人に会うのは極めて困難、ほとんど迷路の世界である。

これが日本であれば、受付窓口で入院者氏名を告げて病棟を聞き出し、病棟まで行ったら、ナースセンターでお伺いすれば、ほぼ100%、入院患者に会うことができるのであるが、そんなシステム、ぜんっっっぜん無いネパールのこと、同行者の携帯に電話して玄関まで来て貰い、病室まで連れて行って貰うのが一番早いのである。

でもって、このカウンターは、どうやら緊急搬送されてきた疾病者の親類友人知人が病院に到着した時に、病院側の手を煩わせることなく、病人の付き添い者に連絡を取れるようにするための、情報集積センターとして開設されているらしかった。


ネパールではまだまだ、手書きが一番、強い。

その昔、ワタクシが勤めていた会社の先輩が、倉庫の入出庫管理簿を完全電子化するべく、3年分ほどのデータを全部入力させて、これで自動計算だ!と意気込んだ矢先に落雷してパソコンは全壊、データ取り出しに日本で10万円ほどかかる、と言われて、結局手書きに戻したことがあった。電気も少なく、PCを使える人もまだまだ多くないネパール(の地方)、汎用性の面でも実用性の面でも、危機管理の観点からも、手書きが一番、早くて確実なのである。

このカウンターが、どれだけ機能しているか興味津々になったワタクシ、しばらくカウンター向かいの植え込みに腰掛けて観察していたのであるが、このシステムに気付かない方も、多いようであった。一体に、ネパールではこうしたシステムが準備されていながら周知されずに使われないケースが散見されるが、驚いたことにこのカウンターでは若者ボランティアが常駐しており、マイクとスピーカーを使って、

「こちらは緊急連絡カウンターです、入院患者をお捜しの方、これから入院される方、どうぞこちらで情報を共有下さい・・・云々」

とアナウンスをしており、これがまた機能的に奏功していて、難しいことのわからなさそうなおじさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃんが、

「ええと、これこれこういう人間が・・・」

と問い合わせに訪れると、これまたビックリしたことに、登録表を素早くめくった若人が(わこうどがっっ!)、

「あ、きっとこの方ですね」

と見つけたかと思うと、おもむろに自分のケータイを取り出し、

「ハロー、〇〇〇ジ、ホ?お宅、いま、どこ?・・・ふんふん、今ね、△△ジが玄関前カウンターに来てるから、ちょっとこっちに出て来ぬすな」

と両方を繋ぎ、出てくるまでの間はイスなぞ勧めて、その方のお話しなぞ、聞いているではないか。

か・・・完璧や・・・。

ふだんこうした、「予め」とか、「前もって」とか、いったような、日本では当然の姿勢を見る機会が極めて少ないワタクシ、システムの構築にも、カウンターの設置にも、その運営運用にも、心の底から、驚き、感心し、感服したような次第であった。


(つづく)