(つづき)

受容と寛容がネパールの人々を理解する上でとても大事なキーワードだ、と思っているワタクシであるが、これが、いつもいつも良い方向に働くとは限らないのが、世の難しいところ。

これを書いている今現在、ネパールでは、小政党といわれる団体によるバンダ(ゼネスト)やジュルス(デモ行進)が頻発しているのであるが、

「観光客のみなさん、戻って来て!」

と言っているにもかかわらず、あちらこちらで突然発生する交通妨害、これに対して大規模な抗議行動が起きた、というようなハナシを、最近、とん、と、聞かない。

彼ら自身は、

「そんなことない、ちゃんと前もってアナウンスしてる!」

と言うに違いないのだが(違いないよ、ホントに。とほほ)、これが実施当日の朝だったりするものだから、新聞に書けない(物理的に)のは当然のことながら、ラジオ等でやっていても、たまたま放送を聞かない限り、ほとんどのヒトは「聞いてませんけど?」状態で、すでに一日が始まっていること、多し。

加えて、

〇時からどこそこで実施!

と発表していても、ここがネパール、時間通りに始まることなんて滅多になく、「どこそこ」がいつの間にか「あそこ」に変わっていても、(彼ら内部での)やむを得ない理由がありさえすれば全部OKで、でもって、こういう雨後の竹の子のようなバンダやジュルスに慣れてしまっているワタクシ、

「なに?なんでこんなに渋滞してんの?」
「はじゅ、サー、わかりません・・・。わかりませんけど、たぶん〇〇党のバンダじゃないでしょうか?」
「いや、あれはもっと北の方でやる予定でしょ?こんなとこで、おかしいじゃん」
「そうですね、ちょっと聞いてみます・・・(と、ケータイを取り出して)、はろー、アンタ、いま、どこだい?エー、エー、おばあちゃんとこマ?みんな、元気?うんうん、オレは全然問題ちゃいな、まあまあってとこよ。ゴハン食べたの?あ、そう・・・」

早よ、要件訊かんかい(怒)!


「サー、やっぱり、ジュルス(デモ行進)のようです」
「あ、そう」
「どうしますか、このまま渋滞で待ってると、いつまで経っても進みませんけど・・・」
「まあ、行ってみようよ」
「・・・!」
「行こうよ。・・・ってか、行きなよ(薄笑い)」
「・・・あ・・・う・・・でも・・・」
「いいから、行きなって」

ってな会話が多く、これがまた進んでみるとなあああああんにもなかったりして(タダの渋滞だったり、ジュルスであっても脇を通れたり)、このところ1年くらいの「勝率」でいうと、ほぼ100%、おそるおそる進めば、なんとか通れることが極めて多いのである。

で、何が言いたいか、というと、こういう混乱に対して、ほとんどのヒトは声高に文句を言うこともなく、ただただ、

じっ

と耐えているのであって、身内や友人には、「まったく、どーーーしよーーーもないね、あの、政治家どもは!」とグチってはいるが、それを例えば、

政党支部に行って抗議しよう!

とか、

マスコミを使って民衆の不満を伝えよう!

とか、

することは、まず、なく、黙って(表向き、ですが)、彼らのやってることを容認していることばかりなり、という印象が免れない。観光立国とか言いながら、どうしても交通機関の寸断を止められないネパールであるが、これも恐らく、自身の死生観、無常観に根本原因があるのではないか、と思えるのであって、

Hami sanga(i) Bandha tza.

「今、バンダが起きてます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・が、なにか?」

ってなカンジ、止めよう、とか、やめさせよう、とかいう気迫は、ほぼ、ゼロなのであった。


まあ、根本にある死生観や無常観から、これをなんとかしよう、というのではなくて、黙って受け入れてしまう人々、我々にできることなどあるはずも無く・・・


ま、一杯、呑みなよ(笑)。



(つづく)